9月からの星空のみどころ!

すべての星図は、アストロアーツ ステラナビゲーターVer.10にて生成しています。
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※ すべての星図は、一度クリックすると同サイズの星図が表示され、さらにその星図をクリックすると原寸大に拡大され見やすくなります。

今年太陽の近くに居て、ほとんど目立たなかった金星が、日の入り後の西空で徐々に高度をあげています。晴れて雲の少ない時に西の地平線が開けて見える場所であれば、夕焼け色の残るまだ明るい低空で強い光を放つ金星を肉眼で探すのは比較的簡単です。

望遠鏡で覗くと、太陽の向こう側からまだ顔を覗かせたばかりなので、金星の全面が輝いて見え、9月の初旬はまだその形は満月のように丸く見えます。

下の図は日没後30分の金星の位置と形の変化を9月から来年の3月までプロットしたものです。
11月ごろから、どんどん欠けてきて三日月のような形になり、その上、どんどん大きく見えるようになっているのが分かりますね。望遠鏡で是非定期的に観察してみてください。

金星の位置と満ち欠けのようす


さてみなさんは、アンドロメダ銀河を見たことがありますか?私たち地球が属する太陽系は、銀河系の中にあり、太陽は銀河系に2000億個存在する恒星のひとつ(自分で輝く星)なのですが、アンドロメダ銀河は、一兆個の恒星の大集団です。銀河系よりふたまわりも大きいとても大きな渦巻き銀河です。
アンドロメダ銀河は、私たちの銀河から230万光年も先にある巨大銀河なのです。光のスピード(一秒間に地球を7周半する)で230万年も掛かる大変な遠距離にあるのですが、これでも、銀河系のお隣の銀河という近い存在です。銀河系の直径が10万光年ですから、その23倍もの距離になります。
当然、230万年も掛かって地球に届いた光ですから、今望遠鏡で観察すると、230万年も前のアンドロメダ銀河を観察していることになります!
少し頭がクラクラしてしまうような話ですね!

このアンドロメダ銀河は、地球から観察するのは一番簡単な銀河です。星空が美しい海や山であれば、場所さえ把握していれば、双眼鏡や望遠鏡使わないで肉眼でもなんとか見る事ができます。どのように見えるかというと『ぼやけた星』のように見えます。

アンドロメダ銀河を見つけるのに一番良いのは、6倍から8倍で対物レンズの直径が30mm以上の双眼鏡を使うのがオススメです。または手元に望遠鏡があれば、一番低い倍率の接眼レンズをセットしてください。

アンドロメダ座の場所を知らない人は、下の星図を参考に、有名な夏の大三角をまず見つけて頂いて、秋の星座の目印となる、秋の四辺形を見つけてください。

秋の星座の代表格であるアンドロメダ座とペガスス座が形作る大きな秋の四辺形を見つければ、次はアンドロメダ座を見つけてください。


ガイドマップ空全体


アンドロメダ座を見つけたら、次は下の星図を見てください。秋の四辺形の角の星から、ひとつふたつと星をたどり、右折(?)して一つ、二つ目の星のすぐ脇を良くみると、ぼんやりとした光のかたまりがみえませんか?それが1兆個の恒星の大集団アンドロメダ銀河になります。

銀河系の外の世界ですよ!
できれば、星空が綺麗な場所で見て頂きたいですが、市街地でも良く目を慣らし、街灯が直接目に入ってこないところであれば、双眼鏡や弊社の一番ちいさな望遠鏡のラプトル50でも、その淡い輝きを見ることができます。

双眼鏡や口径5センチから10センチほどの望遠鏡ですと、楕円形の淡い光の輝きとして見えます。口径が15センチ以上の望遠鏡を天の川の見えるような、美しい星空の下に持っていけば、渦巻き銀河らしい姿が見えてきます。チャンスがあったら是非大きな望遠鏡でも覗いて見てください

ガイドマップ詳細


望遠鏡を肉眼で覗いても、結構渦巻き状の姿を捉えるのが難しいアンドロメダ銀河ですが、写真で撮ると比較的簡単にその形を写し取ることができます。焦点距離100mm以上の望遠レンズで撮影すると、ISO感度3200以上に設定し、数分露出すれば結構綺麗に写ります。ベストな焦点距離は400mm位ですね。x


アンドロメダ銀河 撮影 Shigeo Tanakaさんが乙女高原星空観望会で撮影


さて、アンドロメダ銀河の話題から、今度は太陽系に再び戻ります。
太陽から一番近い軌道を公転周期たった88日という、短い時間で太陽の周りを一周してしまいます。地球が365日(すなわち一年)かけて太陽の周りを一周する間に、水星は4周以上していることになります。

ですから先ほど紹介した金星より地球との位置関係がはやく変わるので、下の図版を見て分かるように、わずか24日の間に大きく形と位置を変えます。また太陽にまとわりついたような軌道なので太陽から大きく離れる事がなく、夕焼けや朝焼けのまだ明るいうちに観測しなければならず、金星に比べると見つけるのがとても大変です。金星程には明るくなりませんしね!

この水星ですが9月下旬から10月上旬にかけて、明け方の東の空低く観測ができます。空気が澄んで地平線付近に雲がない時があったら是非観測にチャレンジしてみてください!なにしろ天文学者のコペルニクスも生涯見た事がないという逸話が残るほど観測しにくい惑星ですから、チャレンジのしがいがありますよ。

9月20日から2日ごとの水星の位置と満ち欠けのようす(日の出20分前)


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戦後の混乱期に作られた反射望遠鏡 その2

さて前回の続きです。

昨年の原村星祭りの会場で、自分のブースは手伝いの人間に任せ、かなりの長時間にわたり、この望遠鏡に惹きつけられてしまった私は望遠鏡の近くから離れることができませんでした。

すると、原村星祭りの顔とも言える、本部のK氏より、声が掛かったのです。「この望遠鏡にご興味がおありですか。」と。

この外観と、迫力に圧倒されたこと。自分はフォーク式の反射望遠鏡が大好きで、21センチを筆頭に、家に3台を動態保存しているというようなことをお答えしたと思います。

そして、この望遠鏡がどのようなものであるか、お聞きしました。

諏訪の天文家である、林伸光氏により戦後の混乱期に建造されたものであること。

諏訪で操業した、北澤製作所(現 東洋バルヴ/株式会社キッツ)が無ければ作る事は出来なかったという事。

反射望遠鏡の鏡筒は、第二次世界大戦の戦闘機や爆撃機などの生産に使われ、戦後余剰物資となった航空機用ジュラルミンを、丸い円筒形の丸太のような円筒形の木に巻きつけて筒形に整形したこと。鏡筒は、ジュラルミンの板二枚からなり、それぞれを円筒形に丸めた上でハゼ継ぎするのではなく、リベットで留めてあります。二本できた円筒パイプ二つをリベットで結合することにより、一本の鏡筒としています。(これは個人レベルでできる工作ではないと推察しています。まだ現時点では、詳しくはお伺いしていませんが、この望遠鏡の鏡筒を作ったのが北澤製作所ではないかと推察しています。)

余談として.......色々と調べてみると、当時ジュラルミンは物資不足の戦後に置いても、余剰物資として比較的潤沢であったようです。。鉄道の客車の製造に再利用されるなど、比較的安価に入る素材であったようです。しかしながらジュラルミンは耐食性に問題があり、水、とくに海水には弱い素材でした。
当時作られた鉄道の客車は、電装品の絶縁も不十分であったこと。さらには塗料不足で塗装されなかったことから、電食により腐食してしまい。製造後10年でボロボロになってしまったようです。

話がそれてしまいましたね.......話を元に戻しましょう。

そして、なによりとてもうれしいニュースとして、この望遠鏡を作った、林伸光氏はご健在であることが分かりました。

また問題としては、
反射鏡のメッキの劣化が激しく現状のままではよく見えないこと。水平軸の微動や水平軸自体にガタが発生していて、八ヶ岳自然文化園で観望会用として使おうとしたが、使えていないということ。
動態保存にはかなり手を入れなけらればならず、林伸光氏から望遠鏡を寄贈頂いたのに、色々な面で自然文化園側で、手が届かず林氏に対してとても心苦しい状態にあるという事。

林氏が納得するので有れば、私にこの望遠鏡を預けたいとの事。林氏と連絡を取ってみるとの事。

昨年の原村星祭り会場にて、前述K氏にお伺いした事は以上のような事でした。

それから1年考えていた事は、このような、貴重な望遠鏡を使える状態まで整備し、再び沢山の人にこの望遠鏡を通して星を見せる状態まで復活させ、そして僕が次世代にこの望遠鏡を引き継ぐという重責を担えるのか。

自分の手元に置きたい気持ちは山々でしたが、大げさに言えば、文化遺産であり、当時のアマチュア天文学の活動のマイルストーンとしての価値を考えると、この望遠鏡を預かるという事は、とても責任が重いのです。

また、レストアの方向性なども、クラッシックカーを動態保存するのと同じように、機能的な部分の完全性を求めるのか、現状のオリジナルな外観を維持しながら(塗装などをやり直さない)各部のサビを進まないようにするにはどうするのが良いのかなど。検討事項は極めて多岐に渡るのです。

今年の原村星祭りに先立つこと、一ヶ月ほどまえにK氏から連絡があり、原村星祭り会場に、林伸光氏と、奥様、ご息女が私に会いに来るという電話連絡がありました。

ご高齢ということもあり、私からご自宅かご自宅近くにお伺いしても良いことも、お伝えしました。

ところで、この林伸光氏の反射望遠鏡は、昭和33年初版発行の恒星社の中学天文教室シリーズの「望遠鏡の作り方」の107ページに掲載されている事も分かりました。鏡面研磨で木辺成磨氏とともに、名高い星野次郎氏の著書です。

「望遠鏡の作り方 初版 第三刷」助野徹氏 所蔵






この本に紹介されているという事を知った時には、さらに身が引き締まる思いでした。まさに想像していたとおり、アマチュア天文家にとって、とても大切な望遠鏡であると再認識したためです。

さて、今年の原村星祭り2日目の夜、林伸光氏とご家族にいよいよ対面が叶う事になりました。これはまさに感激と緊張の夜でした。お会いする前から胸は高鳴りぱなしでした。戦後の混乱期といえる、昭和23年11月にこの世に星を見るためにとてつもない精度で、手で研磨された反射望遠鏡の主鏡として誕生し、昭和28年に反射望遠鏡として林伸光氏により建造されたのです。ご本人と会う事が叶うのです。

これは何かの奇跡なんだと思いました。それと同時に自分が次世代へ引き継ぐべき重責を追っている事をはっきりと自覚しました。

林伸光氏との記念撮影


最初に記念撮影をさせて頂きました。林氏に会っての最初の印象は、とても表情の柔らかい優しい方だという事です。色々質問をしたい事も沢山あり、とりあえず今回お聞きできた事をここに記して置きたいと思います。

ご自身の反射望遠鏡で熱弁を振るう林氏

当時は、中央気象台にお勤めしていたという、林氏、望遠鏡の製作は、高校の教諭として新たなスタートを切った頃だったという。当時独身だった林氏は、給料の大部分をこの望遠鏡の製作に費やしたという。

当時は、手頃な望遠鏡は無く、メーカーが限られていたのと、とても高価であった事。天文愛好家は、自作に頼ったという肝心の主鏡(放物面)の研磨は素人にとってとても困難であったため、専門家に依頼したという。そして望遠鏡を支える架台部分は専門家の手厚いご指導の元で完成まで漕ぎ着けたという。

どこまでが、自作で、どこを工場に依頼したのか、今回時間が限られ詳しくお聞きする事は出来なかったが、これはまたの機会にお伺いする事にしたいと思っています。

当時、高校で教鞭を取りながら、給与の大部分をつぎ込んで製作した、この反射望遠鏡。大変な経済的負担をして作り上げた林氏にとっての、若い頃の思い出とともにある、宇宙への憧憬と情熱の産物であることをひしひしと感じました。

望遠鏡をやっとこさ完成にこぎつけて、観測を始めてみると、望遠鏡の本体・架台・三脚とともにかなりの重量になり、観測用ドームの建造も考えたそうです。当時の生活状況から断念せざるを得なかったそうです。

望遠鏡完成から3年後の1956年(昭和31年)には、仕事の関係で住居を東京小金井に移したそうです。その際、この反射望遠鏡も東京に持って行ったそうです。当初住んでいた諏訪に比べると、復興著しい東京の空の条件は悪かったそうです。

この望遠鏡を通して、様々な天体を観測。彗星や星雲星団、惑星などのスケッチもされたそうです。

またご息女は、この望遠鏡で見た土星や月がとても印象に残っているそうです。

インタビュー中に、奥様が少し離れた場所でニコニコされているのもとても印象的でした。



写真左から 林氏のご息女、奥様、林伸光氏、由女さん、私




林氏が1971年1月に撮影した月や金星の写真






その後、林氏は星雲星団の直焦点撮影をするようになり、それに連れてこの望遠鏡を使う頻度は徐々に減っていったそうです。

今は、故郷の諏訪湖のほとりの小高い丘の上に居を構え、二階の大窓から星を眺めるのがとても楽しい毎日であるとのこと、書籍を通して星を楽しんでいるとのことです。

おかえりになる際、林氏と握手をしましたが、私の手をしっかりと握られました。この望遠鏡を僕が居なくなるその日まできちんとした形で良好な状態で維持し、次世代へ継ぐのが私の役目。望遠鏡とじっくり対話しながら、丁寧にメンテして、遠くない将来に皆さんにお見せできるように頑張りたいと思います。

この望遠鏡のお話は、これからも少しずつブログでご報告する予定です。また林氏とも連絡を取り合いながら、新しいお話が聞けたら、またここで記事にしていきますので、楽しみにしてください。

先日、フェイスブックでアップしましたが、接眼部の真鍮部品を極細コンパウンドで磨きました。
磨いた真鍮部分は輝きを放ちとても印象的です。

まだまだ続きます!

BEFORE 磨く前の状態


AFTER 磨き輝きを放つ真鍮製接眼部











12日深夜から明け方はペルセウス座流星群!!一時間に数十個の流れ星!

ここの解説画像は、アストロアーツ星空シミュレーションソフト「ステラナビゲーターver.10で作成しています。
画像をクリックすると表示が切り替わります。もう一度クリックすると拡大できます。



今夜12日金曜日深夜から明け方にかけてペルセウス座流星群が一番沢山流れる日(極大日)です。今年月が夜12時ごろに西の地平線に沈んだら月明かりに邪魔される事なく、満天の星空をバックに沢山の流れ星が観察出来ます。時間帯別に流れ星を数えてみるのも夏休みの自由研究のネタには良いと思います。あと図書館やインターネットで流れ星の正体を調べてみるのも良いと思います。

8月13日午前0時15分ごろのペルセウス座がどこに見えているか下の図をごらんください。ペルセウス座の放射点を中心に空全体に飛び出すように、流れ星が飛びます。天の川の見られるような夜空の美しい場所なら、1時間に数十個の流れ星を見ることが出来るでしょう。市街地でも都会でも街灯が直接目に入らないようにすれば、1時間に数個の流れ星が見ることができます。

よりたくさんの流れ星を見るこつは、出来るだけ開けた場所で見ることです。そして、より街灯の少ない空の綺麗な場所で見ることが、より沢山の流れ星を見るコツです。ペルセウス座を正面に見る必要はなく、空の上の方を出来るだけ広い範囲を見ることが重要です。安全な場所であれば、芝生に寝っ転がってみるのがオススメです。

また流星群の流星は、暗い流星から眠気が覚めるような明るい流星まで色々な流星を見ることができますが、明るい流星の時に注意して見ていると、流星が流れた跡にそって光る雲が出現することがあります。なかには、上空の大気の流れで徐々に形を変えながら数分間に渡り光る雲が見えることがあります。
これを流星痕といいます。

流星痕は、明るく、高速な流星で出現しやすいのですが、ペルセウス座流星群の流星の元になる粒は、秒速59kmという、東京から大阪間を10秒かからない程の猛スピードで地球に飛び込んで来ます。
秒速59kmを時速に直すと時速21万2400km!にもなります。これは時速80kmで高速道路を走る自動車の2,655倍という、とてつもないスピードになります。

もしペルセウス座流星群の飛ぶ、8月12日深夜から8月13日明け方にかけて晴れそうになければ、翌日の深夜に夜空を見上げてみましょう。数は減りますが、それでも普段よりずっとたくさんの流星が見える事でしょう!諦めないでくださいね!

戦後の混乱期に作られた反射式望遠鏡(その1)

 この望遠鏡に出会ったのは、昨夏、2015年の原村星まつり開催中の八ヶ岳自然文化園前の広場だった。口径20センチ、いや、それを超えると思われる巨体を晒していた。鉄を溶接した無骨な黒いフォーク式経緯台。赤錆が吹いている鉄の三脚。大柄な鏡筒からすると、やや華奢でアンバランスにも見える三脚と架台部であるが、近ずいて触ってみると、三脚部も含めとても頑丈である。一見してメーカー製ではない、その無骨な造形。しかし優秀な設計であることは触ってみれば分かる。

 鏡筒は、金属を丸めた上でリベット留めされている。そして長い鏡筒は、三つのパイプをリベットでつなぎ一本の鏡筒としている。アマチュア用望遠鏡では初めて見る作り方だ。このような継ぎパイプリベット結合の鏡筒は、古い天文台の望遠鏡で以前見たことがあるが、このリベットが望遠鏡の古さを物語っている。

ファインダーはこの大きさの望遠鏡についているものとしては、とても小さな口径だ。3センチほどしかない。ファインダーの対物レンズの枠は、グッタペルカが貼られていて、一見して双眼鏡の対物の流用であることが分かる。

接眼部は真鍮製、抜き差し式ではあるがとてもスムーズな動き。真鍮色に鈍く輝き趣がある。

 そして、水平クランプを緩めて、鏡筒全体を左右に振ってみて気づいた。三脚架台の重量に対し、望遠鏡の鏡筒はとても軽いのだ。鏡筒の素材は鉄ではなさそうだ。アルミ合金か…

 しばらく、この望遠鏡が放つ存在感とオーラに圧倒され、その場から離れる事が出来なくなってしまった。手持ちのカメラのシャッターを夢中で切りながら、色々と疑問が湧いてきた。

 一体全体、だれがこのような物を作り、いつの時代に出来たものなのか…
この見かけから想像するに相当昔のものだ。

 しばし見とれていると、望遠鏡の三脚の足元にクリアファイルに入った説明書きらしきものが落ちているのに気づいた。
主鏡の口径22センチ、焦点距離180センチ 製作年1953年(昭和28年)とある。昭和28年、太平洋戦争の終戦からわずか8年後。ようやく戦後の混乱期から抜け出しかけた頃に作られた天体望遠鏡。それもこの大口径である。一体どのような人物が、宇宙に憧憬を抱き63年前にこのような大それたものを作ったのか。俄然興味が湧いてきた。

 自分は、望遠鏡をたびたび宇宙に漕ぎ出す小舟に例える。望遠鏡という小舟があれば、宇宙に直接行けない今の時代でも、宇宙の景色を楽しみ、想像力を巡らせ、宇宙の旅ができるのだ。

 一体全体どのような人物がこの望遠鏡で宇宙を旅したのだろうか。使いこなされたこの小舟を巧みに操ったオールドソルト(老練な水夫)に直接会いたくなった。63年前に作られたというから、ご存命なら相当のご高齢のはずである。そして、ぜひ、その宇宙大航海の話を詳しく聞きたくなったのである。

(続く)



太い鏡筒に対し、架台と三脚部はとてもスリムな印象を受ける。鏡筒後端には主鏡メンテ用の扉がついている。


リベット留めされた鏡筒パイプ、平たい板を丸太を深淵に削った部材に巻きつけ曲げ加工したそうです。鏡筒の材質は、第二次世界大戦が終わり大量に余った航空機用のジュラルミンとの事。


副鏡を支える三本のスパイダーは、薄く作られている。丁寧な仕上げだ。上側のスパイダーの根元に鑞付けの跡が、補修したようだ。


鏡筒前端部、接眼部右下の二本のネジと当て板は、自作のカメラアダプターを取り付けるためのブラケット。


主鏡セルはアルミ部材を削り出したもので、極めて精度が高く作られている。主鏡メンテ用の扉は、このクラスの長焦点の反射望遠鏡では定番だったものだ。




主鏡の保護カバー。前述の主鏡メンテ用の扉を開けて保護カバーをとったり外したりする。


主鏡セルを取り外したところ。主鏡の上からかぶせるタイプの主鏡の抑え。裏側から五本のネジで止められている。



主鏡裏面の刻印。FL=176センチ Nov.12 1948  No.6 と鏡面研磨をした人の名前の刻印がなされている。



主鏡を外し状態をチェック中


フォーク式経緯台。極めて頑丈な作り。とても重い。


水平回転軸とウォームホイル


鏡筒パイプは、二本をリベットで結合し、一本の筒として仕上げてある。



人が並ぶとこの望遠鏡の巨体ぶりが分かると思います。




趣のある真鍮製接眼部。とてもなめらかに動く


自分のフォーク式反射望遠鏡コレクションにまた新たな一台が加わった。

2016年『原村星まつり』のご報告

 2016年8月5日(金)から7日(日)まで、長野県の原村の八ヶ岳自然文化園で毎年恒例行事となっている「原村星まつり」にブース出店をしてきました。『原村星まつり』への弊社の参加は2006年を皮切りに、今年で10回目となりました。毎年原村で再会する参加者との交流は、自分自身としても、特に楽しみにしています。

 またこのような楽しいイベントを1994年以来毎年開催しているスタッフの皆さんの情熱には頭が下がる思いです。

原村星まつりには、弊社をはじめ、沢山の望遠鏡メーカーや望遠鏡販売店、天文系出版社、地元から出店している下の写真のような、フード関連業者さんまで、多種多様なブースが訪れる人を楽しませてくれます。私のような出店側も、毎年屋台で食べる焼きそばやたこ焼きやカレーが楽しみだったりします。



今年は、弊社ブースの入り口には、特注した赤提灯を用意しました。
赤提灯とは言っても、お酒を出す訳ではありませんが.......
弊社ブースは、向かって左がビクセンブース、向かって右が日の出光学ブース。広場外周から駐車場へのアクセス道路のほぼ中央に位置しています。



今年は例年以上に気合を入れ、様々なポップを前もって準備。当日に備えました。
下は、特価販売した笠井トレーディングさんの新型ワイドビノのポップ。
量販店勤務時代以来、ひさびさのポップ作成。勢いは未だに衰えず(笑)
自分のポップは、社内ではとても有名でした。当時から物議なポップを連発して、本社から発禁喰らったことも数え切れず。
お蔭様で売れ行き好調でした!!


これはテスト販売した携帯バッテリーのポップです。完売御礼となりました!
ただ機能と価格書いてるだけのポップほど役に立たないポップは無いというのが、自分の考えでしたからね。目立たなきゃいけないし、お客様を楽しませなけりゃいけないってのが私の考えだったりします。



下記、これは、今回販売させて頂いた笠井トレーディングの新型ワイドビノとビクセンのSG双眼鏡の比較ポップ。両製品の優劣を公平に書いてあります!
実際の星空で色々とテストした結果を詳細に記述しています。




弊社ブースは、金曜日の11時ごろには開店し、ダンボール箱、実に天体望遠鏡関連パーツを中心に65箱も持ち込んだ各種試作品、アウトレット品、中古品
展示処分品を売り始めました。マツダのボンゴ一台分ぎっしりの大量の荷物ですから、まずは大物を中心に早めに売ってしまわないと、ちゃんとお店を開く事も出来ないのです。

下の写真は処分品を売り切りようやく店が落ち着いて、ワイドビノと由女さんの本を陳列できるようになったブースの様子です。

アウトレット品の処分が終わるまでの、17時に開店の日の出光学のブースやビクセンさんのブースの一部をお借りしてアウトレット品の処分を行いました。

ビクセンさん、日の出光学さん、ご迷惑おかけしました。そしてご協力いただきありがとうございました。




今回、ブースを訪ねて下さったり、手伝ってくれたメンツの一部です。左からプラネタリウムソフト『スーパースター』谷藤さん、大沼(私)、づかちゃん(乙女高原星空観望会のメンバー)、イラストレーター『由女さん』、ペンションスターパーティのオーナーの木村さんです。
今回のブースでの販売は、様々な人が入れ替わり立ち替わり、めちゃめちゃ忙しかった弊社ブースのお手伝いをしてくれました。アウトレット品処分中の初日夕方までは、緩急はありましたが、弊社ブースは混雑電車のような状態になり、間違いなく全ブースで最もごった返していました!
ポルタ2開封品や展示品5台を9800円、GP2赤道儀一式を12800円、接眼レンズやパーツ各種500円~、とタダでさえ安い弊社の処分特価を、例年の半値近い値付けで行ったのです。
これには理由がありまして、弊社の増大する望遠鏡の出荷に対し、物流システムを根本から見直を行ったのに伴って、出荷倉庫を一つ整理したのに伴ない、倉庫に眠っていたものを一気に整理する事になったためです。
車に積んできた65箱のアウトレットパーツは、ほとんど売り切りが前提で持ってきた訳です。持ち帰っても置き場に困りますからね!
そんなこんなで、片道切符な今年の原村星まつりだったのですね。売り切りが至上命題という訳です。




アストロアーツブース
落ち着いた整頓されたブース羨ましいです!




ミザールテックブースは、技術部長の伊藤さんと奥さんが二人で切り盛りされていました。


スカイバードと奥はシーオブスカイさん。毎年この近辺は安定の布陣という感じです。



古書店さん!何冊か買わせて頂きました。興味深い本が多数。明治の天文書までありました。


今回は自分のブースが忙しすぎてゆっくり他のブースを見る事が出来なかったのがとても残念!

ギガオプト(主宰山田氏)のあやしい望遠鏡の星空観察会。ギガオプトさんのブースもちゃんと見られずでした.....残念無念!





二日とも星空に恵まれ駐車場上段では天の川も良く見えていた今回の『原村星まつり』例年通り、天文マニアばかりでなく、こどもさんや初心者の方も沢山いらしていました。

弊社ブースを訪れてくれたお客様、原村星まつりへの参加者のみなさん。主催者のみなさん、メーカー、販社、ブース出展者のみなさん、今年もとても楽しかったです。本当にありがとうございます!

また来年元気に笑顔で会いたいです!




さて次回は、昨年からとても気になっていた口径22センチF8のフォーク式反射望遠鏡。原村で展示されていたものですが、この望遠鏡の後日談です。
お楽しみに!
つづく





 

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